少年は、それから何をするでも何を考えるでもなく、ぼぅっとしていました。
 そうして、どれくらいの時間が過ぎていったのでしょう。
 すると、ばたばたばたん。と、騒がしい音がドアの向こうから聞こえてきました。
 少年が起き上りドアを開けると、そこには真っ青な顔をした少女が立っていました。
「骸、骸。私、とても怖い夢を見たの」
 少年は少女を抱き締めました。
「あの子が、あの子が、いなくなってしまう、…死んでしまう夢を見たの。
 あの子がいなくなってしまったら私、どうしたら…。私、こんなに怖い夜は初めてよ」
 それから、少年は少女を自分のベッドで寝かし、小さな寝息が聞こえるまでずっと傍にいて、その頭を撫でていました。 
 少女が深い眠りについたのを確認し、少年は一人で部屋を出ました。

 部屋の外は真っ暗で、目を凝らさないと様子が分かりませんでした。何も光が差し込まないのですから。
 けれど、一つだけはっきりと見えるものがありました。それは、暗闇に同化した黒猫が持つ、まあるく光る瞳。
 少年は再び寒さを感じました。同時に、あの夢を思い出しました。
 暗闇に浮かぶ瞳が、だんだんと近づいてきました。
 瞳は少年の足元までやってくると、にゃあ、と何とも可愛らしい声で鳴きました。少年は、そのとき近くに(なぜ、か)あった杖を手探りで掴むと強く握りしめ、大きく振りかぶり、そして―――

「嗚呼、なんと罪深いことを」
 だらりと横になり、息をしていない黒猫を見つめていると、後ろから老婆の声がしました。
「罪深い、ですか。あなたこそ、このようなことをなさっているのではありませんか。魔女よ」
 老婆は笑い出しました。「魔女、とねえ」
「あの子に少しでも手を出せば、僕が許しませんよ」
「手を出すだなんて! 私はねえ、ちょいとばかり夢を見せただけだよ。どうしてかって。私はあの純粋で優しいお嬢さんが、絶望に染まるのを見たくてねえ」
 老婆はまだ笑っていました。
 少年は、杖を強く強く握りました。すると、杖はぱりん、と弾けて三叉槍(トリアイナ)へと姿を変えたのです。
「さあ、それを返しておくれ。それは私のものだよ」
 少年は、再び振りかぶりました。老婆めがけて。
 胸を大きく斬られた老婆は、床へ倒れこみました。一面には、紅い血が広がっていました。
「それには、とても深い憎しみや多くの嘆き、悲しみが詰まっているんだ。手にしてしまえば、それから逃れることはできない。苦しみから解放されない。ただ廻るだけ…」
「いいでしょう。これで望みが叶えられ、僕自身が満足するのなら」
 老婆は、それから何も言いませんでした。とうとう動かなくなった。そう思うと、老婆の身体は見る見る内に砂へと変わり、さらさらと床に降り積もっていました。


 ぱたぱた、と軽い足音が聞こえました。
 振り向くと、そこには眠っていたはずの少女が立っていました。
「骸、骸。どうしたの? …あっ」
 少女は暗闇の中で、黒猫の姿を見つけました。そして、すぐに駆け寄りました。
「あなた、ここにいたのね! とても心配したのよ」
 そう言って黒猫を抱きかかえると、その頭を優しく撫でていました。
 けれど、少年から見ればその様子は恐ろしく滑稽なものでした。それでも、少女は死んでしまった黒猫に話しかけていました。
「骸! 今度はあなたが、この子を助けてくれる夢を見たの! ありがとう」
「それは、どういたしまして。…。僕はいつまでも君の傍にいますよ」

 彼女はとても素敵な笑顔でした。
 少年は、黒猫をいつまでもいつまでも抱きかかえた少女が息をひきとるまで、ずっと傍にいました。けれど、少年は少女と同じ場所へ行くことは叶わないのでした。
 それからというもの、少年は数え切れないほどの時間を一人きりで、何処とも知らぬ場所をただただ歩いているのでした。
 廻っていました。





 そして、とても深い憎しみや多くの嘆き、悲しみを知り、時間の意味など忘れてしまった頃。
 己の望みの為に、標的としている少年の隣で優しく微笑んでいるその少女に、何故か懐かしさを感じていたのは―――

 それはまた、別のお話。







     輪廻転生
     (それは何度も、繰り返される)