山本武と(教室での話)!
「なあ。俺に消しゴム、出してくれねーか?」
「・・・へ?」
一個で良いから、と両手を合わせて言う山本に綱吉はしまったと思った。そう山本に言われた本人―――は、思わずぽかんとした表情を浮かべている。
事の始まりは少し前に遡る。綱吉が、昇降口で“変な男子生徒(自称:転校生)”に出会った次の日。その日は朝に獄寺がわざわざ迎えに来てくれたお陰か、どうにか遅刻する事無く朝のSHRに出席出来た綱吉であったが、教室に入るとクラスメイト達はいつになく騒々しく、落ち着かない雰囲気に包まれていた。どうしたものか、綱吉がその様子を不思議に思っていると「今日から転校生が来るみたいだぜ」と山本が理由を教えてくれたのだ。“転校生”。その単語に、興味を全く示さない獄寺を尻目に綱吉の頭に前日の出来事が駆け巡る。まさかと思いつつも席に座れば、チャイムが鳴ると同時に担任の教師が扉を開けて入って来る。それから続いて一人の男子生徒が入室し、扉が閉められた。彼が、噂の転校生だった。起立、礼の後「今日から新しくこのクラスで―――」担任の話が始まり、一度静まったクラスメイト達はまた少しざわめく中。綱吉が転校生をじっと見つめると、相手はその視線に気づいたのか「です。宜しく」と、緊張しているのか困った様に小さく笑いつつも、こちらを向いて手を振った。その途端、教室にいるほぼ全員の視線を綱吉は浴びた訳であるが。それは山本も獄寺も例外ではなく、チャイムが鳴りSHRが終わった途端に二人は興味津々の様子で(獄寺は転校生に抱いた不審の念で)それぞれ知り合いか、と尋ねてきたので、一限の授業が始まるまでの休み時間綱吉は前日の出来事を二人に話す事となった。
それから今日。三限の授業が終わって短い休み時間に入った頃、「消しゴム失くしちまったみてーだ」唐突に山本がそう呟いた。次の授業は数学で、補習授業を懸けた小テストを実施すると担当教師が事前に連絡していたので、普段は居眠りをしていてノートを取る事が少ない山本だが、今日に限って消しゴムが無いと流石に厳しい。どうしたものか。山本は考えて考えて考え抜いた結果、昨日の綱吉の話を思い出したのだった。彼は自分の目の前の席に座っている例の転校生―――に話しかけ、振り向いたに言った。消しゴムを出してくれないか、と。
「え、何。出してくれってどういう事」
そして、今に至る。突拍子も無い事を突然口に出すのは山本武という男の性質で、普段一緒にいる綱吉や獄寺はそれに慣れたものだけれど、付き合いの浅い他の生徒、ましてや並盛に来たばかりの転校生からすれば、思わず疑いの眼差しで彼を見てしまうのは仕方の無い事だろう。山本にお願いをされたは相変わらず困った様子だった。
「ツナに聞いたんだけどさ、お前って手からいっぱいあめ玉が出せるんだろ?」
「つな?」
「沢田綱吉のこと。ツナって呼ばれてんだ」
「あー、沢田君ね。・・・まあ、出来ると言えば出来るけど」
「まじか! だからさ、それと同じ感じで、こう・・・うわあっといっぱい出してくんねーかな!」
「・・・・・。消しゴムを?」
「そうそう! 消しゴムを、うわあっと」
見事、山本節が炸裂。身振り手振りでと話す山本を見ていた綱吉は、つい両手で顔を覆いたくなってしまう。つまり、消しゴムを貸してくれでもその欠片がほしいという訳でもなく、この場で真新しい消しゴムを“生み出してほしい”と。山本が言っているのは、そういう事だった。幾らなんでも無茶苦茶だ。恐らく反応に困っているだろう転校生に、綱吉はどう助け舟を出そうかと考えあぐねていた―――が。
「ふっ、ははっあははは! なにそれ、すげーウケるっははは!」
目の前の転校生は、その想像に反していた。はくす、と口元を緩めた後、綱吉が見た事のあるその大きな笑いっぷりを山本に披露していたのだ。向かいに座る山本の肩をバシバシッと何度も叩きながら、は彼に言う。
「はっはは! なんだっけ、山下君だっけ? ほんと面白いな!」
「あはは、惜しいな。俺は山本だよ、山本武」
「山本かあ。残念だったな! 生憎今は品切れ中だから出来ないんだ」
「なんだそれ、ちゃんと入荷しとけよなー! あーあ、どうすっかなあ俺。次の小テスト一文字も間違えられねー」
山本はがっくり項垂れて、そのまま残念そうに机に突っ伏した。「まあ、そう早まるなよ山本」けれどはそんな彼の肩に手を掛けた。
「なあ山本。俺とゲームしないか」
「ゲーム?」
「そうそう」
突然そんな事を言い出したは、自分の鞄を引っ張り出して中を漁る様に何かを探していた。それを、何が始まるのかわくわくしながらじっと見つめる山本。そして彼が鞄からようやく取り出したのは、三つの灰色のカップだった。はカップの広い口を下にして、それぞれ自分と山本の間にある机の上に横一列に並べる。
「ここに、三つのカップがある。そして―――」
カランカラン。真ん中のカップを少し振ると軽い音がした。が全てを持ち上げれば、左右のカップが置いてあった場所には何も無く、真ん中のカップが置いてあった場所には黄色の小さなボールが転がっていた。
「簡単なゲームだ。俺がこのカップをシャッフルするから、山本は何処にボールがあるのかを当ててくれ」
「おう」
「見事当てる事が出来れば山本の勝ち。そしたら良いものをやるよ」
「まじ? 何だよ良いものって」
「それは勝ってからのお楽しみ!―――じゃあいくぞ」
持っていた三つのカップを再び元の通りに置く。その途端、今までの様子が一変しては真剣な表情を浮かべていた。休み時間で騒がしい外とは違って、二人はとても静かだ。綱吉は黙って彼等の様子を窺う。流れる緊張感に、の手によって動き始めたカップをつい眉間に皺を寄せてしまいながら山本は見た。
右へ、左へ、カップが交差する。手慣れた様子で軽やかに、且つ目まぐるしく移動するそれを、山本は微動だにせずただじっと見つめているだけだった。
どれくらいそうしていただろうか。そうして、「はい、」とはようやく動かしていた手を止めて、山本を見た。だが彼の視線は、元通り横一列に綺麗に揃えられた三つのカップに向いている。
「さあ、ボールは何処でしょう」
「・・・・・」
カップを見つめたまま返答の無い山本をは急かす。「早くしないと、休み時間が終わるぞ」その言葉に山本は顔を上げ、そして首を傾げた。
「見てたんだけど、わからなくなっちまった」
「・・・あはは、正直者だなお前!」
素直にそう告げる山本に、の表情が和らいだ。
「なら、あとは直感だ」
「・・・・・」
「それだ、と思った自分を信じてやれば良いさ」
「・・・。そういう事なら、」
「うん」
「ボールは、どれにも無い」
は山本を見た。山本もを見る。彼の答えに驚いたのは恐らく綱吉だけだった。どういうこと、と話に割り込んで山本に問い詰めたかったけれど、彼等は真剣な顔で向かい合っていたのでそれは叶わなかった。
二人の沈黙の後、はカップに手をかけた。「じゃあ、答え」が三つのカップを掴んで、同時に持ち上げる。そして、黄色いボールは―――何処にも見当たらなかった。「正解」そう呟いたは笑顔だった。
「凄い。何で分かったんだ?」
「なんとなく。あと、はきっと素直じゃない気がした」
「・・・・・」
「なんて。な!」
あはは、と笑う山本。けれど、カップの中にボールが無いとすれば、それは何処へ行ってしまったのだろうか。は言った。
「だったら、ボールが今何処にあるか分かる?」
「いいや。それはさっぱりだ」
「・・・そっか。じゃあその答え」
の人差し指が、山本を指示す。よくよく見ると、その先には山本のブレザーの胸ポケットがあった。はっとして、“何か”に気づいた山本がそのポケットに手を入れる。中にある“何か”を取り出した山本の手のひらを広げれば、そこに転がっていたのはカップの中にあるはずだった黄色いボールと、何故かもう一つ、少し歪な形をした白い塊だった。「これは、」山本が呟く。「俺の消しゴムじゃねーか」
「俺の机の下に落ちてたからさ、誰のかと思って。ちなみにそれがプレゼント」
「なーんだ、そうだったのか! いやあ、見つかってよかった」
「ちゃんと名前書いとけよ。じゃないとゴミと一緒に捨てられるぞ」
「確かになあ。・・・それにしても、お前凄いのな! 全然気付かなかったぜ、俺。これがマジックってやつか?」
「まあね」
それから山本もも、お互いに興味を抱いたのか親しげに話を続けていた。今まで彼等を見ていた綱吉はというと、拾った消しゴムを直接渡せば良いものをわざわざあの様な形で返すだなんて、もしかすると彼は意外にも恥ずかしがり屋なのかもしれないと、転校生にそんな印象を抱いていた。
チャイムが鳴り、担当教師が教室に入ってきたのにも気づかずにそれぞれがその調子のままだったので、授業早々三人は教師から注意をされていたのは余談である。
そして授業が終わって「テストはどうだった?」とが振り向き後ろの山本に聞くと、彼はニカッと笑って返した。「頑張ったけど、さっぱりわかんなかったぜ!」あはは。その様子には思わず呆れ、それからその明るい笑顔に釣られて山本と二人で大笑いするのであった。