and the beautiful pearl.
( 重なりはすれど、交わるは無し )

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etc.















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 振り返って、真っ先に目に飛び込んできたのはとても美しい黒だった。

 という言葉で何を思い浮かべるだろう。闇、悪、恐怖、死。死者を弔うために着るもの。格式、気品。夜空、宇宙―――。では、今僕の網膜を通じ大脳皮質で処理されているこの色はどれにあてはまるだろうか? 不吉だというにはあまりにも艶やかであったし、かといって見つめていればいるほど吸い込まれてしまいそうであった。深みのある青みを帯びた、神秘的な。僕はこの色に親近感を持った。理由は、僕がレギュラス・ブラックであるからだと言いたい。

「スリザリンのあなた。羽ペン落としたわよ」

 頭の上からそう言われて、遠のいていた意識が一瞬にして現実に戻される。呼び止められていたことなどとうに忘れてしまっていたようだ。

「どうも」

 それから落とした羽ペンを素直に拾い上げ、短くではあるがお礼を述べると、彼女はそれに満足したようにニコリと笑った。

「時々私がこの場所に居ることの意味を考えるのだけれど、こうして役に立てただなんてとても嬉しいわ」

 満面の笑みを浮かべてそう言うので、僕は思わず恥ずかしくなってしまい何も返事ができなかった(僕とは違い器用な兄さんなら、何て返しただろうか)。

 これが、僕が初めて美しい黒と出会った時のことである。


  

(091219)




















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「こんにちは、“スリザリンのあなた”」

 長い長い階段を上り終えると美しい黒が待っていた。暫くの間、僕はまた初めて見たときと同じようにただその色に目を奪われていたのだが「どうしたの?」と首を傾げる彼女に、はっと気づかされる。何か返事をしなければと思考を巡らせてはみたものの、気の利いた言葉が何一つとして思い浮かばなかったのでとりあえず「こんにちは」と同じように返した。

「今日も忙しないのね」
「・・・さあ、どうだろう」
「そうよ。だって、前に会ったときもその前に見かけたときも、俯いて足早に歩いていたもの」

 そう言う彼女はとても楽しそうに笑っていた。僕は心地が悪くなったので、彼女に言ってやった。

「確かに僕は、その額縁の中で過ごしている貴女から見れば遥かに忙しなく映るのだろうね」

 けれど、皮肉をたっぷり込めたにもかかわらず彼女は笑顔を崩さなかった。「そうかもしれない」
 今の会話のやりとりの、何がそんなに楽しいというのだろう。少なくとも僕はそういう風には感じられない。

「さあ、早く行かないと遅刻してしまうわよ。今日も頑張ってね」

 驚いた。まさかそう返ってくるとは、正直微塵も思わなかった。
 ブラック家という名のの下に生まれてきた僕は、期待(それもとてつもなく過剰なもの)をかけられることこそありはしたものの、単純に誰かに応援されるだなんてことはほとんど無に等しかった(まだ兄の後ろを付いて回っていた幼い頃にはあったかもしれないが)。

 それにしても、ついこの間初めて会話しただけで特に親しい間柄でもないくせに「頑張って」だなんて。この人はなんて可笑しななんだろう。僕の彼女に対する印象は、まあそんなものだった。


  

(091219)




















3


 あれから何度か、彼女と会話を交わす機会があった。そうして僕はもはや次の授業へ移動する為だというよりも、彼女に会う為にそこを通っていた。暇な時間ができると大抵は図書館へ向かうのだけれど、いつの間にか彼女に会いに行くという選択肢が一つ増えた。
 彼女の言葉はいつも僕に新鮮な感覚を与えてくれる。僕は美しい黒に魅せられていただけではなく、彼女自身にも少しばかり興味を抱いていたのだ。

「こんにちは、“スリザリンのあなた”」

 彼女と会う場所はいつも、このとてつもなく長い階段を上りきった先だった。何故なら彼女の居場所はその壁に飾られた額縁の中なのだから。

「こんにちは―――――」

 続くと思われた言葉は出てこなかった。何度か会っているはずなのに、僕は彼女の名前を知らなかった。彼女は僕を“スリザリンのあなた”と呼ぶ。彼女にとって僕はスリザリンの一生徒に過ぎないのだろう。
 自分の頭よりも少しばかり高い場所に居る彼女を見る。

「色々な名前で呼ばれることがあるけれど、私が覚えている一番の名前は―――よ」
「こんにちは、。・・・僕はレギュラス・ブラック」
「・・・あら! 貴方はブラック家の人なのね」

 途端、彼女は驚いた。僕は失礼なことに彼女の顔は常に微笑んでいるものだと思っていたので、その表情の変化に驚いた。だがはすぐにあの屈託の無い笑顔に変わる。様々なものを飲み込んで渦巻いている黒とは違い、彼女はとても純粋な人だった。「レギュラス・ブラック」紅い唇が僕の名前を呟く。

「とても綺麗。闇夜に浮かぶの名前」

 綺麗。他の言葉を忘れてしまったのかと思うくらい何度も繰り返してそう言うので、僕は恥ずかしくなりそして何となく聞いてみた。「あなたのその髪の色は?」
 彼女の美しい黒が揺れる。

「・・・ああ、これね。皆、この色が美しいと言ってくれるわ。でも私、覚えていないの。自分は本当にこの色だったのか」

 だ。ということは、彼女を描いた誰かがいるはず。彼女がである以上、その誰かが正確に彼女本来の色を描いたわけではあるまい。彼女のはその誰かの素晴らしい腕によるものかもしれない。

「貴方の色はとても綺麗ね。私とは違って、貴方の色は生きているもの」

 けれども、確かに今美しい黒だった。
 彼女の美しい黒を見ていると、今まで感じていたブラックという文字に対するイメージが変わっていくようだった。しかし僕は気づく。の持つと僕の持つは同じようで、本当は全く異なるものであるということを。

「私、一度でいいからホグワーツの夜空を見てみたい」
「・・・見たことがないのか? 僕よりも長く此処に居るというのに」
「そうであるから、私は見たことがない。というよりも、覚えていないのかもしれないわ。あまりにも遠い昔のことだから」
「けれど、そこに窓があるじゃないか」
「この額縁から出られれば、の話ね」

 「以前」が続けた。

「その時は全くの独り言だったのだけれど、私は同じように夜空が見たいって言っていたの。そうしたら、見せてやろうか?って返事が返ってきて。とても吃驚して見たら、男の子が一人立っていたわ」

「でも私は分からなかった。この額縁から出てしまったら最後、何処へ行くのか。だから怖くなってその時は、いいえと言ったの。勇気も無いくせに、私はただ考え無しで身勝手な夢を言うだけだったのね」

「それからその子に会ったことは無いわ。臆病な私に呆れてしまったのかもしれないけれど、私はそんな自分を気付かせてくれて嬉しかった」

 その人物を思い浮かべるは少し照れたように笑っていた。
 だ。でもその色は温かい。あまりにも温かいので、逆に僕はとても冷たくて彼女に溶かされてしまうのではないかと思った。

「ねえレギュラス。貴方は、その人にとてもよく似ている」


  

(091219)




















4


「貴方は、その人にとてもよく似ている」

 その一言で、僕からしてみればが誰のことを話していたのかを理解するには十分であったし、同時にそのときの表情が、彼女はその人物に魅かれているのだと教えてくれた。

 僕は自分の兄のことを思い出す。兄はとにかくブラック家に反抗的だった。ブラックの家系図を端から端まで追っていったとしても彼ほど異質な存在はなかっただろう。ブラックを宇宙だと例えるのなら、兄―――シリウスはその名の通り、最も明るく強い光を放っているだ。兄は要領が良く、器用で興味が幅広くその分様々な分野での知識を次から次へとその脳に蓄え、大抵のことはそつなくこなす人間だった。一言で言えば秀才。その才はブラック家に望まれたものだった。
 だが、実際に彼が放つ光は父や母が望んでいたものとは違っていた。だから、両親は兄の存在なんて最初から無かったかのように僕に望みをかける。本来兄が背負うはずだったブラック家の行く末は、今では僕の両肩に重く圧し掛かっていた。僕は兄を越えねばならない。ブラック家の息子として、彼が放つ光よりも強く輝いていなければならない。
 兄はホグワーツで学ぶようになってから更に輝きを増していた。ホグワーツにいる多くの生徒たちから注がれる羨望の眼差し。代々受け継がれしスリザリン生の血に抗い唯一グリフィンドール生となった兄。まるで英雄気取りだ。嗚呼、なんて忌々しいのだろう。

 結局、も同じだったということか。おそらくもその光に照らされることを望んでいるのだ。
 目が眩むほど輝かしい恒星とそれに魅せられる美しい黒。このロマンティックな御伽噺の中に、所詮は二番手でしかない僕に役は与えられるのだろうか。

 兄のことを考えれば考えるほど幾ら吐き出しても治まらぬ苛立ちが募る。そして哀しいことに今の僕の頭では存在を思い浮かべれば必ず兄が出てきた。

 僕は久しく、あの長い階段を上ってはいない。


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(091220)








(Thanks* Eternity+)