たとえ寿司の横についてくるガリだって


 私の人生15年目にして何回目かのホグズミード行きは、今日は一段と寒くて死にそうだから外に出たくないという理由で中止となりました。決して誰にも誘われなかったというわけではない。(パキパキ)一緒に行こうといつものように誘ってくれたリリーは先ほどの理由で断った私に、それ以上何か言うでもなくただ「身体を冷やしちゃ駄目よ」とホットココアを用意してくれた。その様子を(パキパキ。ぱくん)見ていたジェームズが「と行かないなら僕と行こうよエバンズ!」と物凄い速さでやって来たが、「誰があんたなんかと行くもんですか気安く名前を呼ばないで頂戴」とこれまた(パキポキ)物凄い速さで撥ね除けられていてしょんぼりしていた。
 結局他の女の子と出掛けることになったリリーを見送った私は、冷えた指先をホットココアの入ったマグカップで(ぱくん。ポキポキ)温めつつ、たった一人静かな談話室で読書にいそしんでいる――(パキパキポキ「ああもううるさい集中できないでしょリーマスううう!!!」―――はずだったのに。


 「え、僕何もしゃべってないけど」
 

 うがあああと頭を抱えつつ唸り声を上げ、睨みつける私の目に動じる様子を全く見せずにそうけろりと言い放った、リーマス・ジョン・ルーピン君(15歳)。彼が「ハニーデュークスの新作が楽しみなんだ!」と溢れ出てくる喜びを隠すことなく、それはもう見ているこちらの顔が引き攣るくらいの満面の笑みで話していたのは確か3日ほど前のことだったと思う。なのにその彼は今ホグズミードのハニーデュークスにいるのではなく、皆が出掛けてしまってしぃんと静かになった談話室の、本を開いている私の目の前のソファで先ほどから黙々とチョコレートを割っては食べ、割っては食べてパキパキポキポキ音を部屋に響かせている。「ところで」


 「ってば、池にでも落ちたの?」
 「・・・・・は?(急に何を言い出すんだこの人)」
 「あれでしょ。あなたが落としたはー、いつもの騒々しくて落ち着きがないかー、それとも物静かで大人しいかー」
 「いつもうるさくて悪かったね」
 「わたくしが落としたのはー、いつもの騒々しくて落ち着きがない間抜けでおっちょこちょいなでえす」
 「何、喧嘩売ってんの? 買うよ私」
 「オオー何て正直者なんでショウ。そんなあなたには物静かなをあげちゃいます」


 チョコの食べすぎで頭おかしくなっちゃったんじゃないだろうか。なんて思っていると一通り小芝居を終えたリーマスは手に残っているチョコをまたパキパキ割って食べ始めた。どうやら私の読書の邪魔がしたいようだ。


 「つまり僕が言いたいのはね」
 「うん」
 「君って読書家だったっけ、てこと」
 「最初からそれを言ってよ分かりづらいなもう。てっきりリーマスの脳みそがチョコになっちゃったのかと」
 「今度、闇の魔術に対する防衛術の課題が出ても一人で頑張ってね」
 「すみませんでしたルーピン様!」


 天文学の授業は比較的得意な方だけれど、反して闇の魔術に対する防衛術はからっきしなので、リーマスの助けが無ければホグワーツを無事に卒業できるかすら怪しいところである。この様にして、ホグワーツでの5年間の生活の中でリーマス>>>(越えられない壁)>>>私という上下関係が築かれてきたのだった。下剋上はおそらくホグワーツを卒業するまでありえない。
 素直に謝る私をさて置いて、ルーピン様は私の手にある真っ赤な本を見つめている。そんなに私が大人しいのが珍しいか。「ジャックと10人の女たち、ロンドンでの修羅場とレストランの殺人事件」彼がぽつりと呟く。それが、この本のタイトルだった。


 「なんなのこれ」
 「プレイボーイな名探偵ジャックが、とうとう10人股を成し遂げたがその中の一人に浮気現場を目撃されてしまい、修羅場をくぐりぬけつつレストランで起きた殺人事件を解決するという話」
 「(タイトルそのままじゃないか)趣味悪いね。というか面白いの?」
 「図書室で偶然見つけたんだけど、一度読み始めたら止まらないもので」
 「へー」


 自分から尋ねてきたくせに、なんだそのどうでも良さそうな返事は。これでもこのシリーズは私の他にも読んでる人がいて、私が次の巻を読もうとしても既に借りられてることが多々・・・というかほぼ毎回あるんだぞ(そして私は毎回のように犬がお預けをくらう気持ちを味わっている)!
 そう力説すると、彼は人受けの良い笑顔を浮かべた。「そうなんだ」やっぱりどうでも良さそうだった。


 「プレイボーイと言えばさあ」


 パキパキ。割られたチョコはリーマスの口へ運ばれる。


 「シリウス、今日はホグズミードで女の子とデートだって」
 「へー」


 悔しいので、さっきの仕返しと言わんばかりの返事をしてやる。そして私はページを捲って、マグカップに口をつけた。リリーが淹れてくれたホットココアはほんのりとした甘さで広がっていく。
 

 「・・・そんなの今日に限ったことじゃないじゃん」
 「それが、誘ったのが彼女の方じゃなくてシリウスからなんだ」
 「へー」


 私はページを捲る。リーマスはチョコを食べる。ぱらり。パキパキ。


 「レイヴンクローの女の子なんだけど、その子はシリウスが今まで付き合ってきたような化粧が濃くて胸ばっかり大きい子じゃなくてさあ」
 「はあ」
 「おしとやかで頭も良いし優しくて、美人というよりは可愛い感じの女の子だった」
 「へー」
 「本が好きなんだって」
 「ふうん」
 「僕の話、ちゃんと聞いてるの
 「聞いてる聞いてる」
 「ついこの間図書室で誘ったらしいんだけど、もしかして見てた?」


 ページを捲ろうとしていた私の右手はとうとう動かなくなり、不自然に宙に浮いてしまっていた。けれど、チョコを割る音はこの静まり返った談話室に絶えず響き渡る。パキパキポキ。
 リーマスは、一体いつから気付いていたんだろう。私の目が文字を追っていないことに。私の目が別の物を追っていたことに。
 私は目の前の彼の顔を見ることが出来ず、大量の文字が整列した紙をじっと見つめた。けれど、今ではどうやってもただの黒いインクの塊たちにしか見えない。
 脳裏に浮かぶのは、図書室の隅で照れて恥ずかしそうに会話をするシリウスと、そのレイヴンクローの女の子の姿だった。その時のことで、二人がホグズミードへ行くことになったのを私は勿論知っていたので、本当は外が寒かろうが暑かろうが、今日ばかりは何が何でも行かないとリリーに駄々をこねていたのだ。そんな私の事情を知ってか知らずか、リリーはただ「そういう時もあるわよね」と優しくホットココアを淹れてくれた。淹れたばかりのときは熱すぎてなかなか飲みにくかったくせに、今ではすっかり冷めてしまっている。
 

 「つまり僕が言いたいのはね」
 「・・・うん」
 「いい加減シリウスなんてやめて、そろそろ僕を見たら良いんじゃないか、ってこと」
 「・・・うん―――――って」
 「僕、が好きなんだよね」
 「え? え?!」


 あまりにも突然で大きな衝撃に思わず本を持っていた両手を離してしまい、真っ赤な本が勢いよく足の小指に当たってひどい叫び声を上げるという失態を犯してしまったのは、とにもかくにも(パキパキ)未だチョコを食べ続けるこのリーマス・ジョン・ルーピン(15歳)の所為だ。(ぱくん)



   

(自分だけを見ておくれだなんて)
そんなことは言わない。





 「本当は僕、最近その本読んだんだよ」
 「・・・へ?」
 「君が最近そのシリーズを随分熱心に読んでいるものだから」
 「ま、まさか、続きが読みたくてしょうがない私の邪魔をするかのごとく、いつも本を借りていたのは」
 「うん。僕」
 「(がーん!)」
 「ちなみに最後は、浮気相手全員にビンタを喰らったジャックがUFOで宇宙人に攫われて完結するからね」
 「(がーん!!!)・・・・・ひ、ひどいよリーマス」