とシリウスが楽しそうに笑っていた。


 それに気づいた途端、僕は何故か手に持っている本がまるで大きな鉛の様に物凄く重く感じられた。今の今までそれを読んでいて、談話室のいつもの騒がしい(主にジェームズとシリウスの)話声も耳に入ることなくただひたすら夢中で、こことは違う別の世界を堪能していたにもかかわらず、だ。
 だからといって、今では幾ら文字という名のインクの塊を目で追っても全く内容が頭に入ってきやしないのに、この“本を読む”ことを止めるわけにはいかなかった。まったく、なんてひどい矛盾だ。自分でも不思議なくらい意味のない行動。けれど、そんなことよりも何もしないことの方が嫌だった。嫌、というか、落ち着かない。まあどのみちこんな本を読む振りなんかしていたって落ち着かないんだけど。何かしていないと、二人のことが気になってしまう。でも気になって仕方がなくて読書なんかしてられない。なんて面倒なんだ。


「それで、この前お母さんに『こたつでみかんが恋しいです』って手紙送ったの」
「コタツデミカン?」
「こたつっていう・・・まあ簡単にいえばテーブルとふとんが合体しちゃったもの?なんだけど。そいつがさあ一度入ると魔法をかけられちゃって出られないもので」
「魔法って。お前実家マグルだろ」
「いやいや、魔法は呪文を唱えるだけではないのだよシリウス君。そしてそうやって出られなくなった人たちのことを通称コタツムリという」
「コタツムリ?」
「そう。見た目がカタツムリにそっくりなのでそう呼ばれているのである」
「でもお前、今そのコタツムリじゃねーじゃん」
「冬は必ず春となるのだよシリウス君。暖かくなる頃には日本中のこたつは皆片付けられ、コタツムリは人間へと元に戻るのだ」
「っていうかその喋り方なんなの」
「テストに出るからちゃんとメモをとっておくように」
「無視かよ」



 読書する振りをしつつもちらりと二人を盗み見る(なんかやだな、盗み、見るだなんて)(いや実際そうなんだけども)。
 は自分の足元にあるとても大きな箱を開けて、中身を取り出していた。それを見て「うわっ、なんだよこれ」とシリウスが声をあげた。


「その手紙の返事がこの段ボール一箱分もあるみかんなわけですよ」
「・・・なんかやけに変な匂いがすると思ったらこれかよ」
「失礼な! みかんはオレンジよりも甘いし食べやすいんだぞ。そのみかんを侮辱するなー!」
「じゃあお前一人でそれ全部食べられるってのか」
「すみませんでした」



 がシリウスをからかって、逆にシリウスがをからかって、そして二人は笑う。周りなんて気にせずにとても楽しそうに笑う。
 二人と僕は友人であるはずなのに、何故かそこに割って会話に参加することはしない。否、しないのではなくできないのだ。まるで、僕とや僕とシリウスの間にあるものとは違う何かが、二人の間には存在しているのではないかとどうしても思ってしまうのだ。

 果たしてそれが真実なのか、僕のひどくネガティブな妄想によってつくり出された嘘偽りなのか。僕はまだ知らずにいる。


「だがシリウス君。驚いたことにこれだけではないのだよ」
「またその口調か。・・・何?」
「(ゴソゴソ)じゃーん! もう一箱あるんです。しかもこっちはお汁粉ドリンク」
「うわーめっちゃ敷き詰められてるし。何だコレ、冷てえ」
「甘くて美味しい飲み物だよ。冬っていったらやっぱこれだね」
「で、これも全部お前が飲むわけだな」
「んなわけないでしょ! さあ、こたつはないけど早速みかん食べながら飲もうじゃないの」
「うえええ・・・俺甘いのやだし」
「味も知らないくせにそういうこと言わないのーほらほら! 早くお汁粉温めて!」



 「君はの事、好きなの」一度だけシリウスにそう尋ねたことがあった。
 その時シリウスは「なに言ってんだよ、んなわけねーだろ」と口では否定していたものの、顔を見ればそんなもの意味を持たないくらいわかりやすかった。真っ赤に染まった頬をジェームズが指摘すると、湯気が出そうなくらいさらに真っ赤になって、逃げるジェームズを追いかけていた。
 なんだかんだ言って、シリウスはのことが好きである。それでもって、シリウスはに甘い。今だってほら、甘いものが苦手なくせに彼女にお願いされただけでそのオシルコとやらを杖で温めている。

 はあ。なんだ、わかってるじゃないか僕。
 どんなに僕がに好意を抱いていたとしても、僕は―――僕みたいな人狼は、彼女に近づくことを望んではいけないんだろう。本当に彼女のことを想っているならなおさらのこと。
 それに、シリウスが気にかけているのなら平気だ。シリウスはとても魅力的で素敵な奴だ。人狼である僕と比べることなんてできないくらい素敵。例えば彼女に土砂降りの大雨が降ってきたとしたら僕はただ傘をさしてあげることくらいしかできないけれど、シリウスならきっと天候すら変えてしまうだろう。大雨が止んで雲が消え、陽が射してやがて大きな虹が架かる。シリウスが、を笑顔にする。僕は、その笑顔が見られるだけで満足するのだ。
 なら、どうして気になるっていうんだろう。二人が笑いあって、楽しそうにしていると僕の胸の中はどうして落ち着かないのだろう。

 これ以上、考えてはならない気がした(そう思う時点でもう僕はその理由を知っているくせに)。
 駄目だ、もうこの話は終わり。ぱたん。同じページをずっと開かれていた本は、ようやく閉じることを許された―――――





   BOM!!





 大きな音がして、少し遅れてさらに大きなの叫び声が聞こえた。
 驚いて見れば、もシリウスも制服に泥をはねられてぐちゃぐちゃだった。というか、何で泥が。それに独特の甘い匂いが部屋に充満している。談話室に残っている生徒たちの迷惑そうな視線が二人に向けられていた。


「何してるの二人とも」
「あ、リーマス! 聞いてよ、シリウスの奴が・・・」
「俺の所為かよ! お前が温めろって言うから」
「温めすぎると膨張して中身が噴き出すっつーの! 頭良いんだからそれくらい予想しろっつーの!」
「自分で出来ないことを人に押し付けんなっつーの! そもそもお前だって止めろって言わなかっただろ」
「流石にあんなに膨らむまで温めてくれると思わなかったよ!」
「はいはい大体話はわかったから。・・・まあ、とりあえずシリウスが悪いってことで」
「とりあえずそういうことで」

「なんなんだよお前ら! げほげほっ・・・うえっ、この部屋甘ったるくて気持ち悪・・・・・」



 もしも・・・もしも本当にこの二人がお互いに好き合っていて、もし、実際に付き合うだなんてことになってしまったのなら。その時は、僕の胸の中は一体どうなってしまうのだろう。
 ふと床に目をやる。中身を出すという役目を果たし、ただ空になった容器が淋しくカランと転がっていた。ああ、きっと君のようになってしまうのかもしれないね。