くしゅん。寒気を感じてくしゃみが出る。ゆっくり目を開けると辺りは明るくて、もう朝だった。寝る前に自分にかけた布団は、蹴りあげてしまったのか下の方で塊になっている。全く、寒いはずだ。ふああと欠伸をしてベッドからのろのろ降りて「リリーおはよう」自分より先に起きているであろうリリーにいつものように挨拶をした。
 ああ、そろそろ魔法史のレポートの提出期限日が近づいてる。「リリーはもうレポートやった?」確か、前回はすっかり忘れていたから、期限前日の夜に泣きそうになりながらやっと終わらせたんだった。今回はさっさと片付けなきゃ。今日中にでも終わらせられたらいいなあ。なんて、そんなことを考えながら制服に着替えている途中で、私はようやく気づいた。ボタンをかける手を止め、辺りを見回す。「リリー?」だが、ただ私の声が部屋に広がって空しく消えただけで、返事はなかった。リリーがいない。
 私は焦りで、寝ぼけていた頭が一気に覚めた。リリーがいない。なんてこった! 私はうろたえながらも机の上に一枚の紙が置いてあるのを見つけた。見覚えのある筆跡で簡単な文章が書いてあるこれは、リリーが残した置手紙のようだ。


「いくら起こしても起きないから、先に朝食いただきます。 リリー」


 どうやら私は寝坊したみたいだ。


unintentional



「よう。寝坊なんて、夜中どっかふらふらしてたのか」

 慌てて制服を着て談話室に行けばソファにシリウスが座っていた。

「不良シリウスと一緒にすんな」
「だれが不良だコノヤロウ。もうすぐ朝飯の時間終わっちまうぞ」
「あー・・・。そうだ、リリーは?」
「朝っぱらからジェームズにまとわりつかれてイライラしてたな」

 「あと」シリウスが思い出したように言う。「ったら、私が布団をはがしても耳元で叫んでも起きないの! 困っちゃうワ」裏声で怒るようなそれは、リリーの物真似だろうか。不意をつかれて、確かに言いそうだなと思いつい笑ってしまった―――――って、今はこんなことをしている場合じゃなかった。急いで朝ご飯食べなきゃ。じゃあね、と急いで去ろうとしたけれど、シリウスはそんな私の腕をがしっと掴んで邪魔をする。

「待てよ」
「なに、なんか用でもあんの」
「どうでも良いけど、お前そんな頭で行く気?」
「へ」
「・・・お前な、それでも一応は女なんだから鏡くらい見ろよ」
「一応は、は余計だコノヤロウ」

 シリウスが杖を軽く振ると、どこからともなく鏡が現れた。目の前にあるそれを覗くと、頭の右側の髪が外へ思いっきりくるんくるんはねている自分の姿が映っていた。いつもはちゃんとセットするけど、今日は急いでたんだから仕方ないんだい!
 面倒臭いから直すのは後でいいや。なんて思っていると、シリウスは私の思考が読めたのかなんなのか、はあ、とため息をわざとらしく吐きながらも杖をはねている私の髪に向ける。まるでブラシをかけるように杖の先で髪を梳くと、あんなにくるんくるんだった寝癖はいとも簡単に直ってしまった。

「シリウスって結構世話焼きだね」
「ここは素直に礼を言っておけ」
「あー、うん。ありがとう」
「おう。あと世話焼きついでに、お前の前髪長くない?」
「確かに。最近鬼太郎になってきて邪魔なんだよね」
「・・・キタロー?」
「うん。妖怪の」
「あー日本の妖怪ね、確かに妖怪みたいだお前」

 妖怪って、一応はといっても女の子に言う言葉じゃないだろうに。むっとしてシリウスを睨みつけると、奴はふと「そうだ」何かを思いついたかのようにニヤリと笑った。嫌な予感がしたのは言うまでもない。


「前髪、切ってやろうか」
「・・・は?」

 何か言い返す隙を与えず、シリウスは肩を掴んで私を背後のソファに座らせようと軽く押してきた。が、嫌な予感でいっぱいの私は思い通りにさせてなるものか、と意地でも座らないように力に耐える。シリウスのもう片方の手には、いつの間にやらハサミが握られていた。全体がデフォルメされた可愛いワニの形をしている。・・・ん? そのハサミ、見覚えがある様な―――――。

「って、それ私のハサミじゃん! しかも家から持ってきたやつ。なんで持ってんのさ!」
「おいおい。お前が俺に貸してくれたんだろ」

 そうだったっけか。どうりで机の中にも無いわけだ。
 そのハサミは一度だけ、去年の夏休みに日本へ帰ったときに家から発掘して持ち帰ったものだった。刃の部分がギザギザしているので普段は使い道がないのだが、シリウスはどこに興味を持ったのか貸してくれと頼んできたので、魔法界にはもっと(悪戯仕掛け人的に)面白いものがあるだろうにと思いつつも渡したのだ。
 まあそんなことは良いとして、今どうするかはこの状況である。というか、そんなギザギザハサミで切ったら私の前髪もギザギザになるだろうが!

「ほら、座らねえと切れないだろ」
「やだって! それじゃあ鬼太郎からまる子になっちゃう!」
「(マルコ?)そういやこのハサミ、ちょっと改良したからな」
「何だって?」
「切るものによって出る音が変わるんだ。あと、切ったところから色がにじみ出てくる」
「ちょっと・・・人の物を勝手にいじくるな!」
 
 シリウスがハサミを握ると、ワニはチョキンという聴き慣れた音の後にキィイヤアアアと絹を裂くような(あ、何気に上手いこと言った)悲鳴をあげた。刃からは紅い液体がよだれのようにだらだらと垂れ流れている。この光景はまさにホラーだ。うわあああ怖い。身体が震える。ヒィ、とついに声をあげた私は再び肩を押されて、結局抗えずにソファに座ってしまった。奴の片膝がソファに乗っかり軽くギシリと鳴った。やっぱりニヤリと笑っていたシリウスの顔が、ぐっと近づく。

「さーて、の前髪は何色になるかな」
「(ヒィイイイイ!)や、やだっ・・・」
「観念して、大人しくしろ」
「いやっ・・・(誰か助けてええええ!)」

「おーいシリウス、早くしないと授業に遅れるぞー」

 とうとうシリウスが私の前髪に手をかけた、その途端。談話室の扉が開かれた。ジェームズだった。「えっ、あ・・・」シリウスを探しに来たらしい彼は、私とシリウスを見て明らかに動揺している。

「えっと、その・・・朝からお熱いことだね君たち! 大丈夫、僕は何も見ていないから!」
「ジェームズ?」
「気にするなよパッドフット。邪魔者はすぐに去るから、さあ存分に続けたまえ!」

 私とシリウスが自分たちの状況に気づくのはほぼ同時だった。一つのソファで密着した二人。傍から見ればこれはまるで―――――。

「ち、ちがうんだジェームズ! これは―――」

 焦ったシリウスの身体が引いた瞬間。チャンス到来とばかりに私は、渾身の力を込め奴の腹をめがけて思いきりパンチをお見舞いしてやった。


(「パンチって・・・一応は女で、魔女だろお前!」)