「よし、できた!」
 お茶を淹れて、椅子に腰をかけた。ずっと立ち仕事をしていたものだからこれでようやく身体を休めることが出来る。ほっと一息吐く時間だ。私はラッピングを終えたチョコレート達を見て、ついつい口元が綻んだ。我ながら今年はとても上手く出来たと思う。あとは皆に渡すだけだ。男の子は綱吉や山本君、獄寺君、ランボ君とフゥ太君、リボーン君で女の子は京子ちゃん、ハルちゃんにイーピンちゃん、そしてビアンキさん。・・・あ、意外とたくさん出来ちゃったかも。他に誰か渡す人いたっけ。そういえば、ディーノさんやその部下の人達は今こっちにいるのかな。折角だから渡したいなあ。

 こんなにもバレンタインデーに力を入れるようになったのは、きっとリボーン君が来てからだと思う。彼が家に来て、綱吉の周りに人が一気に増えて絶えずとても賑やかになった。あんなに内気だった綱吉も最近は驚くくらいしっかりしてきて、顔つきも変わって何だか凛々しくなっている。各言う私も、皆が来てから一日一日が本当に楽しくて、笑顔が増えたと思う。だから私は皆に感謝の気持ちを込めて、この日にはお菓子を作る。勿論市販の物よりも不格好で味も比較にならないけれど、気持ちだけは絶対に何にも負けていない。ああ、早く渡したいな。皆何て言うだろうか。美味しいかな、それとも美味しくないかな。なんて、別に好きな人に告白するわけでもないのに緊張が治まらない。今は出掛けてしまっているけれど、綱吉が帰ってきたら早速食べてもらおう―――。
 そんなことを考えながら少しだけ汚れたエプロンの紐を解く。と、ピンポーンと軽く玄関のチャイムが鳴った。お客さんだろうか。私は玄関へと急いだ。



 扉を開けると、そこに立っていたのは黒いスーツを着た一人の男の人だった。見慣れない姿だったので、誰だろうと疑問に思い少し畏まる。その男の人は少しの間私をじっと見て、それから挨拶をした。

「こんにちは。貴女は―――さん?」

 その問いに私は小さく、はいと返事をする。何故だろうか、(恐らく)会った事が無いはずの人が私の事を知っているだなんて怪しいと疑える状況であるのにも関わらず、私はこの男の人に何か曖昧だけれども親近感の様なものを感じていた。少し色素の薄い色をした瞳が再び私を捉える。この人のそれは凄く綺麗でまるで吸い込まれてしまいそうなくらい澄んでいて、印象に残る瞳だった。

「あの・・すみません。失礼ですが、どちら様でしょうか」

 男の人はそのままで要件を口に出さなかったので、私はとうとう話を切り出した。けれど、私がそう言うとその人の綺麗な瞳が一瞬揺らいだ。まさか、まずい事を言ってしまっただろうか。もしかすると私が忘れているだけで、過去に会った事があるのかもしれない。「ご、ごめんなさい」思わず私は焦った。でもその人は次にふわりと微笑んで、まるで気にしていないと言っているようだった。

「いいえ、こちらこそ挨拶が遅れてすみません。俺は、沢田―――」
「馬鹿野郎」

 ドカッ。突然痛々しい音がしたと思ったら、目の前の男の人は後ろに倒れこんでお腹を押さえていた。何があったのか分からずに目をぱちくりさせていると「全く、お前という奴はいつまでも変わらねーな」と、いつもの声が足元からしたので、見るといつの間にやらリボーン君がそこに立っていた。

「お帰り、リボーン君。・・・あれ、綱吉は?」

 リボーン君と一緒に出掛けたと思ったのに。「一緒じゃないの?」そう尋ねると彼は「あいつはトロいから置いてきた」と言う。厳しいなあリボーン君は。二人の相変わらずの関係に、ついつい笑ってしまう。

「いてて・・・。この痛みも随分と久しぶりだよリボーン」
「これくらい耐えられなきゃ、お前もまだまだだな」

 リボーン君の華麗な一撃を喰らってその男の人はまだ痛そうにしていたけれど、ゆっくりと立ち上がる。・・・という事は、この人はリボーン君とも知り合いなんだろうか。このやり取りからして、この二人の関係もまるで綱吉とのそれと一緒か、もしくは似たようなものなんだろうけど。リボーン君はくるりとこちらに向き直って、私に説明してくれた。

「こいつは俺の教え子の一人だ。元々日本にいたんだが今はイタリアへ飛んで、ボンゴレの上層部で活躍するかなり重要な人間だ」

 この人もボンゴレ、かあ。その単語は最近になって頻繁に耳にするのだけど、実の所それがどんな意味を持つのか私はいまいち把握しきれていない。分かっている事といえば、ボンゴレは組織の名前で、綱吉は将来そこに入るために日々リボーン君のスパルタを受けているという事くらいだ。その上層部だったら、物凄く偉い人なんじゃないだろうか。けれど、リボーン君の知り合いという事が判明して、私はようやく気を緩めた。

「そうでしたか。私も弟もリボーン君にはいつもお世話になっています。今お茶を出しますので、どうぞ上がっていって下さい」
「ありがとうございます。でも・・・」

 男の人はそう言いかけると、徐に自分の腕時計をちらりと見てそれからまたふわりと笑った。「もうすぐ5分経ちそうだから」その頬笑みはどこか寂しげだった。

「え、でも、何か用事があったんじゃないんですか」
「いや、用事というか・・」

 少し照れたように頭を掻く仕種は私がいつも見慣れたもののように感じて、やっぱりこの人に会った事があるような気がしてならなかった。なのに会った瞬間を思い出そうとしても全く覚えがなくて、私はまるで背中の痒い部分に手が届かないのと似たもやもやした感覚を酷く感じていた。この人の姿や顔立ち、雰囲気の全てが懐かしくて私はそれが“誰か”を知っているはずなのに、彼の私を見つめる強い瞳がそれを掻き消す。その眼差しに込められた意味と彼の想いが、どうしても分からないのだ。私はこの不思議な人についてもっと知りたくなった。けれど彼は「貴女に会えただけで、満足です」と、そう言って軽くお辞儀をした(嗚呼、この人はこれで去ってしまうんだ)。
 行ってしまう、そう思った途端にまるで身体を電撃が走ったかの様に、私は彼を引きとめなければいけないという使命みたいなものを感じて思わず叫んだ。「待って!」私が突然大声を出したので、彼は凄く驚いた顔をして止まった。良かった、まだ大丈夫だ。けど、引き止めはしたものの私はその言葉の続きを何も考えていなかったので、あまり賢いとも言えない頭をフル回転させる。何かないだろうか。折角イタリアから訪ねて来たというのに玄関先での立ち話だけだなんて、せめてお土産のようなものは―――。そうだ、あれがあった! 思いつくと私はすぐさま台所に戻って、ラッピングを終え完成したばかりのチョコレートの包みを一つ掴んだ。まさか目を離した隙に居なくなってたりしないか、と少し不安に思いつつ走って玄関に戻るが、そんな心配は必要なく彼はちゃんとその場に立っていた。ハテナを頭に浮かべていたけども。

「あの、これ! 良かったら食べて下さい」
「え?」
「手作りなもので、形もあまり良くないし甘過ぎるかもしれませんけど・・」
「・・・。そうか、“今日”はバレンタインデーなのか」

 “ハッピー・バレンタインデー”とプリントされたチョコの包みを突然目の前に突き出されて、戸惑いつつも男の人は手に取ってくれた。「ありがとう」彼はそう呟くようにして言った。けれどあの柔らかい微笑みはくしゃくしゃに歪んでいて、彼が纏っていた寂しさはそれを通り越し何故か泣きそうな顔をしていた。涙が出ないように、彼は俯いて必死にそれを堪えているようだった。私、何か悪い事をしたんだろうか。そんな顔をさせるつもりはこれっぽっちも無かったのに―――。釣られて私も泣きそうになっている、と。彼が私に腕を伸ばしたと思った次の瞬間に、とん、と小さい衝撃を感じた。少し遅れて気づけば、私はいつの間にか誰かの腕の中に居た。この男の人に、抱きしめられていた。気づいた一瞬の間に何で、とかどうしよう、だとか沢山のものが頭を駆け巡っている。呼吸をすれば彼が付けているだろう香水が香った。それなのに、どうして。

「貴女は今、幸せ?」

 どうしてだろうか。この人は私と同じ、そして綱吉と同じ匂いがする。呼吸をする度に鼻を通して安心感が身体中に広がっていく。私はこの人を知っている。そう確信した瞬間目から涙が零れて頬を伝い、滴が地面に落ちた。唇が震える。でも、私は絞り出すようにしてようやく言葉を発した。

「皆が居るから幸せです。皆も綱吉もとっても好きです」

 「だから心配しないで」気づけば、そう口に出していた。私を見る彼の瞳に映される悲しみを拭ってあげたかった。
 私の大好きな人達の一人である彼は、最後にこう言い残して去って行った。



「守りきれなくてごめん。ばいばい姉ちゃん」



棺桶からのチョコレート
棺桶からのチョコレート