「今日、天気も良イ、でシた」

 私は隣に座って、覚えたばかりの古代語でオルグさんに話しかけた。ぽかぽか陽気の中、狼の姿のまま木の根で休んでいたオルグさんは、私の言葉に三角の耳をぴく、と動かす。それから私の顔を見て、首を傾げた。今の言い方じゃ伝わらなかったのかな。私は頭の中で、もう一度文法を組み直し教えられた発音を思い浮かべる。

「オルグさン。今日ノ天気も、良いでシ・・・でス」

 あ、ちょっと間違えちゃった。「良いでしです」ってなんだ、もう。思わず恥ずかしくなってしまったけど、オルグさんは今ので意味を理解してもらえたようで頷いていた。良かった。やれば出来るもんだ、私!
 意思の疎通が成功したので、楽しくなってもっとオルグさんに話しかけたくなった。次はなんて聞こうかな。そうだ、オルグさんの好きなものでも聞いてみよう! あなたの好きなものは何ですか、ってなんて言うんだったっけ。

「オルグさン。あなた、好キな、ナに」

 多分こんな感じで合ってるんじゃないかな。多分、だけど。オルグさんの狼の目は私をじっと見る。やっぱりわからなかったかな、それとも考えているのかな。「あなた、好キな、」もう一度繰り返そうとすると、言い終わらないうちにオルグさんは狼の姿から人の姿へと、その化身を解いた。突然のことに私は吃驚してしまう。吃驚したからついついうわっ、なんて言ってしまって、もしかすると気に障ったかもしれない。ごめんなさい、と謝ろうとしたけどその前にオルグさんは「・・・肉」と、ぽつりと言った。あれ。私、なんて聞いたんだっけ。駄目だ私。三歩も歩いてないのに忘れるなんて、頭が悪すぎる。オルグさんは続けて言った。

「・・・・・・」

 だ、駄目だ。早くて聞き取れない。どうしよう、折角オルグさんは答えてくれたのに。「モう一度、ゆっクり、話してモらえますカ」この言葉はニケ様から習うときに何度も言っていたので、伝わる自信がある古代語の中の一つだった。するとオルグさんは確かに私の言ったことを理解したようで、今度はゆっくりと私にわかりやすく発音をしてくれる。

「俺の」
「おレの」
「好きなものは」
「すキなもノは」
「肉だ」
「にくだ。
―――あ、わかりました!」

 そっか、オルグさんの好きなものは肉だ、か! わかったぞ。やった! 嬉しくってつい現代語で話してしまったので、その部分にオルグさんはハテナを頭に浮かべていたけど。
 言葉が通じるって、素晴らしいなあ。ニケ様に古代語を教えて下さいってお願いしたらその理由を聞かれたので、私は素直に「オルグさんとお話がしたいんです」と言ったら、ニケ様はたくさん笑った後に「。あいつと会話をするのは骨が折れるぞ」と返してきた。だからオルグさんは、たまに戦の最中に私を助けてくれたり、今日みたいにぽかぽかと天気が良くて時間がある時は日向ぼっこをしていたりする姿を見るけれど、実は私が思うよりもずっと接しにくい人なのかななんて、ちょっぴり思ってしまった。でも、やっぱりオルグさんは優しかった! それを知る事が出来たんだから、頑張って毎日勉強してきた甲斐があったなあ。

「私、すキなもノ、ひルね」
「・・・昼寝、か」
「オルグさン、ひルね、すキ?」


 今度はそう聞くと、オルグさんはちょっと笑って「ああ。好きだ」と答えた。私、オルグさんの笑うところ初めて見たかもしれない。ああもう、今日は何てラッキーなんだろう!・・・あ、でも。オルグさんはとても無口な人だってニケ様が言ってたな。もしかすると、会話をすることが得意じゃないのかもしれない。今ので疲れさせてしまっていたらどうしよう。実は、早く私に去ってほしいって思っているかも。だとしたら、私一人できゃあきゃあはしゃいでいて申し訳ないなあ。
 オルグさんに嫌われてしまう前にそろそろ戻るか。そう思って私は「あリがとうごザいまシた」と一番得意な古代語を言い、立ち上がってその場を後にしようとした。が、突然首元がきゅっと締まって「ぐぇ」と蛙が潰れたような声を出す。どうしたものか、と思ったらオルグさんが私の首根っこを何故か掴んでいた。その反動で引っ張られ、後ろに倒れそうになるとオルグさんはバランスの崩れた私を支えてくれた。

「・・・・・、・・・・・・・」

 うーん、わからない。オルグさんはゆっくり喋ってくれたけど、言葉として聞き取ることがどうしても出来なかったので私は首を傾げる。やっぱり今のままじゃ駄目だ。もっと勉強して、もっとオルグさんの言葉がわかるようになりたい。
 すると、オルグさんは落ちていた木の棒切れを拾って、地面に文字を書き始めた。さらさら古代語を書いていくその姿が何だか綺麗で、書くことも今一つな私にとっては物凄く格好良く見えた。書かれた文字を見ると、そこにはまだその意味を知らない単語がいっぱいあって、また私は頭を悩ませる。どうしよう。ここまでしてもらったけどやっぱり読めないや。私はいつも持ち歩いている携帯用のメモ帳セットを取り出して、オルグさんが書いた古代語をそのまま、なるべくそっくりに書く。―――よし。後でニケ様に教えてもらおう。そしてオルグさんを見ると、彼は私の行動を見て不思議そうにしていたので、私は書いたメモ帳のページを彼に見せた。

「私、ベんきょう、するまス!」

 張り切ってそう言うと、オルグさんは口元を緩ませて私の頭をぽんぽん、と軽く撫でてくれた。オルグさんの手、大きいなあ。今まで知らなかったオルグさんのことをたくさん知ることが出来て、今日は本当に幸せな一日だ。けれどその後、彼は地面に書かれた自分の文字を容赦なく足で消してしまったので、勿体ない! と私は思わず叫びたくなってしまった。初めて見たオルグさんの字だったのに。でもオルグさんはそれから「頑張れ。と一言、優しく言ってくれた。はい。私、頑張ります!




 小鳥はプレリュードを歌う




「全く、お前達は。少しは男女の実のある話でもしたらどうだ」

 その後、私は早速ニケ様に今日あったことを全部話した。が、ぴしゃりとそう言い切られてしまった。私としては、結構実りがあったと思うんだけどなあ。なんて少しがっかりしつつも私はニケ様にメモを渡す。と、予想外なことにニケ様は、そこに書いてあった文字を読んで何故か物凄く驚いた顔をした。「まさか、あのオルグがな」ニケ様はメモを眺めてしみじみとそう言う。なんだなんだ、一体何て書いてあったんだ。そしてニケ様は豪快に笑って私を見て言った。「。お前、我らと共にハタリに来ないか」


「お前が望むのなら、此処に居てくれて構わない」