はあ、と溜め息を吐く。今日で何度目だか分からないけど、もし数えていたら結構なものだと思う。溜め息を吐いたらその分幸せが逃げるってよく言うよね。あーあ。今日どれだけの幸せが私の許からいなくなったんだろう。はあ。あ、また溜め息吐いちゃったよちくしょう。なんて声に出して言ったらきっとまた「女の子がそんな言葉使うんじゃない」とかなんとか、怒られるんだろうなあ。あれ、誰に怒られたんだっけ。ウルフかな・・・否、ザガロだ。この前ウルフの事でザガロに愚痴ってた時だったと思う。なんだかんだ言って、私はウルフと一緒にいる時はそんな汚い言葉を使ったりしない。それってやっぱり、好きな人の前では女の子でいたい、っていうことなのかも。他人事みたいだけど、私、ウルフが好きなんだなあ。それなのにウルフは。はあ。
「―――おい、ってば」
ぽん。突然肩に手を置かれて、私は思わずびくっと飛び上がってしまった。「うわあっ」慌てて振り向くと、そこにいたのはザガロだった。私の反応にザガロも驚いたみたいで、目が真ん丸に見開かれている。うわ、恥ずかしい。
「な、何。ザガロ」
「いや、廊下の真ん中で立ち尽くしてるからさ。何度も呼んでるのに、お前気付かないし」
「・・・ごめん」
そう一言だけ、ぽつりと返す。確かにずっとここにいて、通る人の邪魔になっていたかもしれない。まあ廊下といっても人気があまりない場所だったから、覚えている限りでは通行人なんていなかったけど。なのになんでザガロはこんな所に来たんだろう。もしかして、噂をすればなんとやら。ザガロの事を一瞬だけでも考えてたからか。それなら、ずっとここで考えてたウルフはどうなんだろう、と思ったけど、やっぱり今は会えなくていいや。こんな気持ちでウルフの顔を見たら、色々と迷惑かけちゃいそうだから。
はあ、と俯いてまた溜め息を吐くと、ザガロは「、どうしたんだ」と私の顔を覗きこんだ。
「またウルフが仕事だって・・・」
「ああ、その事か。どうせお前が落ち込んでるんじゃないかと思ったら、やっぱりな」
その事、と言う辺りザガロも大体事情は知っているようだ。何でも、ウルフはハーディン様からの急な頼まれ事で、私と前々から約束してた今日の食事に行けなくなったらしい。ごめんな、と申し訳なさそうに言われたから、大丈夫、また今度ねって笑顔で返したけど、本当は凄くショックだった。だってこの前も、その前もそうだったから。私と違ってウルフはオレルアンのハーディン様に仕える戦士だし、何より今は行軍中だ。戦に勝つ為、そして生きるためには仕事で忙しいだなんて言っていても仕方がない。なんて、頭では分かってはいるんだけど、どうしても心がついていかないんだよ。
「ウルフってば、いつもハーディン様の事ばっかりなんだから」
「・・・もしかして、お前よりハーディン様の方が好きだったりしてな」
そう言って、ザガロが笑った。彼なりの冗談なんだろうけど、今の私には全然笑えなかった。そりゃあ、あの人の主であるハーディン様と比べたってしょうがない。でも、そんなわけないでしょ、と笑って言える自信が無かった。なんだか私ばっかりが好きみたいだとか、ウルフは本当は私の事どうだって良いんじゃないかとか、そんなどうしようもない事ばかり考えてしまう。別に仕事するな、なんて言わないよ。仕事熱心なウルフも好きだもの。だけど、その代わりにもう少し私の事考えてくれたっていいじゃない。ウルフのばか。
じわじわと目頭が熱くなってきて、涙が溢れてくる。・・・ああ、今の私、本当に可愛くない。自分の都合ばっかり考えて、なんて我が儘なんだろう。そんな自分が嫌になって、私はとうとう涙が止まらなくなった。突然泣き出したから、ザガロが驚いてる。「じょ、冗談だよ。泣くなよ、」うん。まさかあんな事で泣くとは思わなかったよね。私も思わなかったし。ハーディン様に嫉妬するなんて馬鹿みたい。ザガロもきっとそう思ってる。ウルフも、こんな私を見たら呆れて嫌いになっちゃうかもしれない。「ごめっ、ん」しゃっくり混じりに謝ると、ザガロは優しく背中をさすってくれた。その手が少し戸惑いがちで、ザガロが困っているのが伝わってくる。ごめんね、迷惑かけて。だけど、こんなに焦った表情をしているザガロを見るのは初めてで、目の前でおろおろとしている様子が何だか面白かった。涙もしゃっくりも止まらなかったけど少しだけ笑ったら、ザガロはちょっとほっとしたみたいだった。
「ごめんな。泣かせたお詫びに、お前が食べたいものを好きなだけ奢ってやるから」
「ほん、とっ・・・?」
「ああ。だから顔拭けよ」
ザガロはハンカチを取り出して渡してくれた。なんて面倒見が良いんだろう、この人は。「本当に? 好きなもの、何でもいいの」そう聞くと、ザガロはまた少し困った様だったけど「本当に本当だって」と言う。渡されたハンカチで顔を拭くと、いつの間にか涙も止まってた。ああでも、顔は洗ってこなきゃ。
「後で洗濯して返すよ。ありがとう、ザガロ」
するとザガロは少し恥ずかしそうに照れていた。もう大丈夫。ウルフと出掛けられない事はやっぱり残念だけど、その代わりに今日はザガロにいっぱい奢ってもらおう。そうやって溜め息を吐いた分笑顔になれれば、きっとウルフに会っても可愛くない顔をしなくて済むね。
5勝1敗のオセロ