あるときの、ある森の中で暮らしていた、一人の少女と一人の少年と、一匹の黒猫のお話です。

 黒猫は、少女のことが大好きで大好きで、彼女をとても愛していました。
 少女も黒猫のことが大好きで大好きで、黒猫のことをとても愛していました。
 少年(とは言っても、少年と呼ぶにはすごく大人びた人間でした)は少女のことが大好きで大好きで、とても愛していました。が、少女をとても愛している黒猫は好きではありませんでした。
というのも、少年が少女と仲良くしているところを見かけると、黒猫はいつも邪魔をしてくるからです。
 けれど、そのことを少女に話すと「骸は子供っぽいのね」と笑われてしまうのでした。
 

 ある日、いつもの様に少年と少女は庭で会話をしていました。すると、そこに一人の老婆がやってきました。
 この辺りには少年と少女以外の人間は住んでいないので、見慣れない老婆に少年は警戒をしていましたが、少女はそんなことには気付かずに「こんにちは。お婆さん」と挨拶をしました。
「この辺りに、村はないのかい」と、お婆さんは尋ねました。
「村でしたら」と少年。「この森を抜けなければなりませんよ」
 ここは、それはとても深い森でした。夜になれば歩くことはもちろん、近くの景色ですらまともに見ることなんて出来ませんし、たくさんの猛獣が棲みついているので、彼らがいつでも迷い込む人間を目を光らせて狙っていました。
「お婆さん、今日これからこの森を歩くのは危険だわ。どうかこの家に泊まっていってちょうだい」
 そう少女が言うと、老婆はとても優しく微笑みました。「ありがとう、優しいお嬢さん」
 それに答えるように、少女も優しく微笑みました。
「それなら、今から支度しなくてはいけないわね」
 少女はそう呟いて、慌ただしく家へ走っていきました。
 少女の姿が見えなくなって、少年は老婆に尋ねました。
「お婆さん、一体、あなたはここまでどのようにしていらしたのですか。見たところ、あなたはその黒い外套と手にある杖しか荷物が無いようですが」
 すると、老婆は何か可笑しいことでもあったかのように笑い出しましたが、少年の質問には何も答えませんでした。



 老婆が家に上がると、暖炉の前に敷いてあるカーペットで黒猫が眠っていました。けれど、黒猫に老婆が近づくと、急に起き上がって毛を逆立て、威嚇をしていました。
「あら、駄目じゃないの。お客様に失礼なことをしては」
 黒猫の様子に気が付き、少女は黒猫を抱きかかえました。
「ごめんなさい。この子、普段は大人しい子なのに」
「いいんだよ。私はどうやら、嫌われてしまっているみたいだね」老婆は振り返り、少年をじぃっと見ました。「あの子と同じようにね」


 それから、少年と少女と老婆と黒猫は、温かいシチューを食べました。
 ですが、少年はその間も、それからもずっと考え事をしているようでした。



 夜になって、少年はベッドで眠っていました。そして、夢を見ていました。
 その夢には少女と、あの黒猫がいました。
 夢の中の少女は優しく黒猫を抱き締めて、とても穏やかに微笑んでいます。
 黒猫も、少女の胸の中で気持ちよさそうに目を細めているようでした。

 け、れ、ど。
 黒猫は、突然叫び声をあげました。そして、なんと。そのまま彼女の喉元に咬みついたのです。
 それは、なんともおぞましい光景でした。少年は少女のもとへ駆け寄ろうとしましたが、まるで影が縫われてしまったように足が動きませんでした。
()
 そうしているうちに、少女は黒猫に食べつくされてしまいました。不思議なことに、そこには少女の欠片どころか、血の一滴も残ってはいませんでした。
 黒猫は満足したかのように、自分の真っ黒な手で顔を洗っていました。
 なんと、いう、こと、だ―――


 そこで、少年は夢から覚めました。とても寒くて、身体の奥が、奥深く深くから、凍えてしまっているようでした。
(嗚呼、。君は今どこにいるのだろうか。いつもの部屋で、柔らかいベッドで眠っているのだろうか。それとも、とても暗く、果ての無い闇をぐるぐると彷徨っているのではないか) 
 少年がこんなにも恐れることは、おそらく初めてでした。あのまあるい月が青く光ることよりも、この森が暗闇で何も見えなくなることよりも、を失うことが何より恐ろしいことだと感じていました。




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